無料ブログはココログ

1人目~10人目

2010年9月29日 (水)

9人目の走者

日本心臓財団事務局の細田です。

当財団は心血管病の研究助成、予防啓発活動などを行っていますが、

近年はAED普及啓発にも力を入れています。

ここ数年は、ACジャパンと協力して、AED普及広告・ポスターを作成しています。

昨年度のポスターは、「3回表、最大のピンチを救ったのは、ひとりの観客だった。」と題し、この「集う蘇生の心」でもインタビューされている、上野投手が高校野球の大阪府大会で

起こした心臓震とうとその救命という実際の出来事を題材に、AEDの重要性を訴えました。
Aed09_l

今年度は、「AEDは、話します。」というタイトルで、AEDの音声ガイダンス機能を紹介し、AEDが助ける人の勇気を後押ししてくれることを強調しています。
新聞や電車内の吊り広告などで見かけた方もいらっしゃるかもしれません。

Aed10_l

AEDは急速に普及していますが、使える人、使う勇気を持った人を増やすことが、

心臓突然死という不幸を少しでも少なくするために重要です。

「備えるAED」から「使えるAED」へ。

日本心臓財団はこれからも普及啓発活動を実施していくつもりです。

そのために、私自身も積極的にさまざまな方々と交流し、

心肺蘇生法普及に携わる方々や医師、企業、一般の方々を繋ぐ役割を

果たしていきたいと思います。

今後も、ホームページ、メールマガジン、メディア向けセミナーを通じて積極的に情報を発信していきますので、ご協力いただけますと幸いです。

日本心臓財団ホームページ
http://www.jhf.or.jp/
日本心臓財団「AEDを知っていますか?」
http://www.jhf.or.jp/aed/

2010年9月27日 (月)

8人目の走者

国士舘大学白川先生から紹介いただいた、小平と申しますhappy01

20047月からAEDに携わり、医療機器メーカーを退職して

AED啓発事業の活動をしています。

AEDの設置件数は増えていますが、一般市民はまだまだAEDの使い方を知りませんdespair

一人でも多くの人が「AEDの使い方」を知ってもらえればと願い、

講習活動のお手伝いをしていますo(*^▽^*)o

また、AED設置者の日常点検実施率が低いことも気になっています。

全国の高速道路休憩施設に設置しているAEDのモニターに

AEDの使い方映像を入れています。

皆様も是非、サービスエリアに立ち寄りAEDを見つけて、

黄色のボタンを押してみてください。rvcardash

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

次のバトン走者は、財団法人日本心臓財団の細田泰司さんです。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

2010年9月 6日 (月)

7人目の走者

セントジョンアンビュランスジャパン協会の市川様からバトンを託された、

国士舘大学の白川透と申します。

私は国士舘大学で救急救命士の育成に従事する傍ら、

国士舘大学内に設置されている「国士舘大学ウエルネス・リサーチセンター」の

一員としてマラソン大会や少年サッカー大会などの

スポーツイベントの救護活動、また幼稚園児から大学生までの学生、

企業の社員、一般市民や高齢者まで幅広い年齢層を対象とし、

心肺蘇生法の普及活動を行っています。

国士舘大学ウエルネス・リサーチセンターでは

イベントの救護は年間30回以上、心肺蘇生法講習会は年間100回以上

行っております。

なかでも、イベント救護では今まで7人の心肺停止例に遭遇し、

そのうち6人の社会復帰に立ち会うことができました。

そのことからも、救命率の向上には何よりも迅速な心肺蘇生の実施と

早期のAEDによる電気的除細動の実施が重要と実感し、

救急車到着までに心肺蘇生が行えるバイスタンダーの育成により力を

いれています。

これからも、一名でも多くの命が助かるよう救護・普及それぞれ活動を

がんばっていきます。

このリレーを通じ、日本にたくさんの同志がいることがわかり

勇気をいただきました。

次のバトンは、

一般社団法人AED啓発事業推進協会理事長の小平弘明様です。

よろしくお願いします。

P7230423

2010年8月25日 (水)

6番目の走者

プリティ長島さんからバトンを託された、

エントジョンアンビュランスジャパン協会の市川皓庸と申します。

人命救助、重い言葉ですね。

  

東京のさる地下鉄改札口、女性が倒れ一人の外国の方が声を掛けていました。

そばを通る日本人は通勤途中の忙しさから通り過ぎるだけです。subway

倒れた人も身動きしなかったのですが、日本語で声を掛けたら「アー、良かった。外国人なのでどうしていいか分からなかった。」と元気でした。

外国の方はバツが悪そうにして立ち去っていきましたが、何だかこちらの気分が落ち込んでしまいましたdown

AED国内導入までに:

きっかけは、経済特区申請。AEDの国内一般人使用可は京都からの申請で始まりました。

諸外国では既に当たり前のように一般人が使用できる道具。

外国人が大勢観光に訪れる京都、病院に運ばれる人もいます。

他国なら助かった可能性のある傷病者を助けられないことに疑問。

現在はAEDの設置は格段に進みましたが、それを操作できる人は不足しています。これからも操作できる人を養成し、助かる命を助けることが出来るよう地道に活動します。

このバトンを次に託す人は、

国士舘大学大学院で救急救命の教鞭を取る 白川 透 さんです。

m(_ _)m

Ichikawa2

2010年8月 1日 (日)

5人目の走者

はじめまして 救命コムの【www.kyumei.com】の門田です。

私は、事業を通して救命に貢献したく救命コムというホームページを

開設し、AEDやトレーニング機材を全国にレンタルしています。

AEDやトレーニング機材を、お客様が必要な時に提供できる事で

安心や安全、助かる命がひとつでも増えることを願い、

法改正後の2005年から事業に営んでおります。

事業を営むなかで、嬉しいことに実際に弊社のAEDをレンタルいただき

助かった救命事例もでております。

私共の事業を通じた貢献活動としましては、全国の救命講習や

AEDの普及に貢献されているNPOやボランティアなどと連携し、活動しやすい

環境を作るための、ご協力として資器材の提供やアドバイスなどさせて

いただいております。

さまざまな、立場を超え 地域を超え 支えあい 向上していければと

願っております。

Jpg_3

2010年7月30日 (金)

4人目の走者

四番 サード長嶋 背番号3と言うわけで、川崎さんに続き

千葉県市川市の市議会議員 プリティ長嶋が命のバトンを繋ぎます。

私がAEDの必要性を痛感したのは川崎球場ならぬ、

隣の船橋市内のグランドでのアクシデントからでした。

その悲しい事故は2004年の暑い夏の日の少年野球千葉県大会で起ってしまったのです。

当時の私はボーイズリーグ市川ウィナーズの責任者の一人として、

市川市内のグランドで行われていた息子の中学最後の同大会の試合を見ていました。

試合の合間には出演していた{劇場用長篇映画『ベースボールキッズ』}の都内での上演会での舞台挨拶もこなしながらの観戦でした。

映画は天才的な野球少年が最後の試合前に交通事故で死んでしまうと言う悲しい結末でした。映画は仮想世界ですが、実際に船橋市内の試合中に死亡事故が起こってしまったのでした。

胸に打球を当てた心臓震盪でした。

その後「そこにAEDが有り救急救命の知識が有れば助けられのかも」と考え

「もしも自分のチームの試合中に同じ事が起っていたならば果たして助ける事が出来たのか?」その日から私の普及活動が始まり、その後「もっと広めるために議員に成ろう」と考えたのでした。

その後はマスコミの取材の度にAEDの必要性を説き続けています。

同じタレント仲間の松村 邦洋君がAEDで救命された事は、一番嬉しい出来事でした。

本日のブログにも書きましたが、AEDの講習の知識が

ここ二年続けて救命に役立つ事が出来ました。

AEDと救急救命の講習の普及活動を今後も続けて行きます。

892

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

次のバトンは私の救命の講師である

セントジョン アンビュランスジャパン協会の市川さんを紹介します。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

20609267_1092827978s

2010年7月19日 (月)

3人目の走者

はじめまして NPO法人 命のバトン 命をつなぐ心を育てる会の川崎です

私たち 命のバトンは 福井県 石川県在住の有志が集まり 一次救命 AEDの使い方など

の救命講習会 小・中学校でのBLS教育 AED無料貸し出しなどの活動をおこなっていますhappy01

年齢 性別 職種の壁を超え 救命とはなにか 命とはなにかを共にかんがえ

死を見つめることで今を大切に思い共に命を守れる社会を目指しておりますheart01

このような活動をはじめたのは 20029月 長女が学校の体育祭でリレーに出場し

次の走者にバトンを渡した後にたおれ 4日後に旅立っていきましたweep

原因は心室細動でした

娘を追いかけ 捜し求めAEDという器械の存在を知りましたbook

AEDがあれば救える命 つながる命となりえた娘を思い 2度と同じことが繰り返さないためにも 学校へのAED設置をお願いするメールを知事さんにおくりました その後福井県はAED設置率全国トップクラスとなりました しかし AEDを設置しただけでは意味がなく心肺蘇生法やAEDを使えなくては命が救えないことがわかりました

そばにいる人が突然たおれたときに助けてあげようという勇気と愛をもつことで運命が変わってきます 娘からのメッセージを伝えることで一人でも多くの方によって救命が必要なときに心肺蘇生法を行ない AEDを使うことで一つでも多くの大切な命が救えることを願っています

M9_20bousai

2010年7月14日 (水)

2人目の走者

はじめまして、第2走者を任された、札幌の稲毛保則です。

NPO法人いのちを守る会「絆」を4年ほど前に立ち上げ、

仲間に支えられながら札幌市を中心に活動しております。

私がAEDという救命機器と出会ったのは、2004年6月、

一人息子が体育の授業で1500m走のタイムを計っている途中で突然倒れ、

帰らぬ人となったのが始まりでした。

「心臓突然死」について調べているうちに、AEDの存在を知り、「AEDがあれば助かったかもしれない」

繋がるはずのいのちだった事をしり、「この悲しみを繰り返してはいけない」という思いから、

AEDの普及と心肺蘇生法の周知のために活動を始めました。

突然誰かが倒れた時、救急車到着までの命を繋ぐ数分間、そばにいる人が駆け寄って、

勇気をもって心肺蘇生法を行える社会の実現を目指し、ひとりでも多くの人に

「あなたの勇気で繋がる命がある」ということを知って貰うために、救命講習などを開き

多くの方に伝えていきたいと思っています。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

次にバトンを託す方は、

私たち夫婦の活動の支えでもあり、先輩の福井県の「さくらさん」です。

よろしくお願いします。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

Daihyo_3

2010年7月 5日 (月)

100人リレーstart 記念すべき1人目

はじめまして!栄えある第一走者の小林浩司です。

三重県北部の菰野町で一次救命、応急手当、AEDの普及活動をしています。

 

 私の活動の原点は、建設業という職業柄、多くの災害出動や労働災害を経験し、そこから学んだ、救助・救出・救命・応急手当・メンタルケアの重要性を認識したことです。

そのような折、応急手当普及員の資格取得のチャンスに恵まれ、様々な職種や経歴を持った普及員さんと出会い、現在の活動の拠点である「菰野応急手当普及員の会」というボランティア団体を立ち上げ、会長として会員さんに助けられつつ日々奮闘しております。

 私はこの活動を通して、一人でも多くの方に一次救命や応急手当の大切さを伝え、AEDの普及とともに、自分たちの知識及び体力の向上、チームワークの強化を図ることで、我が町を災害に強い、安全・安心な町にすることを目標としております。

この活動を通じて日本全国で数多くの交流ができました。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

その方々の中で次にバトンを託すのは・・・

 北海道札幌市で活躍されております

   「稲毛保則さんです」

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

稲毛さんご無沙汰しております。その節はお世話になりました。

また、お会いしたいですね!リレーよろしくお願いします。

Photo_3

2016年1月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31